「認知症って、一度かかるともう治らないんですよね?」
診察室でよく聞かれる質問です。確かに、アルツハイマー病など多くの認知症は「完治が難しい進行性の病気」とされています。しかし、すべての認知症がそうではありません。中には、適切な治療によって改善・回復する“治療可能な認知症”もあるのです。
●「認知症」という言葉の中身
そもそも「認知症」とは、記憶や判断、言語、行動などの脳の働きが障害され、日常生活に支障をきたす状態の総称です。つまり、“病名”ではなく“状態”を表す言葉です。
その原因はさまざまで、「治療が難しい認知症」と「治療で改善が期待できる認知症」が混在しています。正確な診断を受けることで、今の状態がどちらに当てはまるのかがわかり、治療の方針も大きく変わってきます。
●治療できる認知症の代表例
以下は、治療によって改善または回復が見込める認知症の代表的なものです:
① 正常圧水頭症(NPH)
- 脳脊髄液が脳室にたまり、脳を圧迫して起こるタイプの認知症です。
- 「歩行障害・尿失禁・認知症」の3徴候が特徴的。
- MRIで特徴的な画像所見が見られ、シャント手術(脳内の余分な水を腹部に流す手術)で症状が改善することがあります。
② 慢性硬膜下血腫
- 転倒や頭部打撲の後、数週間〜数か月かけて脳の表面に血がたまり、脳を圧迫して認知症のような症状を出すことがあります。
- 軽度の意識障害や性格の変化、もの忘れ、歩行の不安定などが起こります。
- CTで診断でき、外科的に血を抜く処置(穿頭血腫除去術)で改善します。
③ ビタミン欠乏(特にビタミンB1欠乏)
- 長期の栄養障害やアルコール依存、ダイエットなどにより、脳の代謝に必要なビタミンが欠乏して記憶障害を起こすことがあります。
- ウェルニッケ脳症やコルサコフ症候群などが代表。
- 早期にビタミン補充を行えば回復が期待できることもあります。
④ 甲状腺機能低下症
- ホルモンバランスの乱れで、全身の代謝が落ち、うつ症状や無気力、記憶障害などが起きることがあります。
- 血液検査で診断可能で、甲状腺ホルモンの補充治療により改善します。
⑤ うつ病性仮性認知症(仮性認知症)
- うつ状態が強い高齢者で、「記憶ができない」「集中できない」などの認知症に似た症状が出ることがあります。
- 本人は「忘れている」ことを強く自覚していて、不安感や涙もろさが目立ちます。
- 抗うつ薬や精神的サポートで改善することが多いです。
●「治らない」と決めつけないために大切なこと
高齢の方が「もの忘れ」「元気がない」「話がかみ合わない」といった変化を見せたとき、それが単なる老化なのか、進行性の認知症なのか、あるいは治療できる認知症なのかは、見た目では判断できません。
画像検査(CT・MRI)や血液検査、診察による見立てが必要です。
そして、治療可能な認知症は「早期に発見し治療を始めること」が何より大切です。時間が経つと、脳へのダメージが進行してしまい、回復が難しくなることもあります。
●気になったら、まずはご相談ください
「最近、家族がなんとなく変わってきた気がする」「本人は困っていないけど、以前と様子が違う」──そんなときは、ぜひ専門医にご相談ください。当院では、認知機能検査やCT、必要に応じて他院との連携も行いながら、治療可能な認知症かどうかを慎重に見極めていきます。
“治る認知症”はあります。
「年だから仕方ない」とあきらめる前に、一度確認してみませんか?